大前研一「ニュースの視点」Blog

KON746「米通商政策/日米貿易/米韓関係/米中貿易戦争~中国がトランプ大統領の関税制裁に報復するべきではない理由とは?」

2018年10月5日 日米貿易 米中貿易戦争 米通商政策 米韓関係

本文の内容
  • 米通商政策 通商は大統領に聞いてくれ
  • 日米貿易 2国間「物品貿易協定」(TAG)交渉開始で合意
  • 米韓関係 米韓FTA改正案に署名
  • 米中貿易戦争 対中制裁関税第3弾を発動

通商はトランプ大統領のディールを引き出すための道具にされているだけ


日経新聞は先月24日、「通商は大統領に聞いてくれ」と題する記事を掲載しました。米トランプ政権の閣僚が重要な通商交渉を任されても、トランプ氏の胸三寸でちゃぶ台返しにあうと紹介。8月から始まった日米経済協議でも政権の担当者であるライトハイザー氏が「案件は大統領に聞いてくれ」と述べたとのことで、トランプ氏との間合いを心得ているはずの安倍首相にとっても通商問題は視界不良としています。

今回は安倍首相もちゃぶ台返しにあった格好です。トランプ大統領は通商を自分の「おもちゃ・面白い道具」として使っているに過ぎません。そして、それを使って「ディール」を引き出すことが目的です。

それゆえ、例えば中国をいじめる「道具」として使う一方で、習近平国家主席と直接会談したときには急に態度を軟化させて、自分に有利な「ディール」を成立させようとします。

いくらムニューシン米財務長官やライトハイザー氏が事前に調整していたとしても、最後はトランプ大統領次第です。これでは二人とも本気になって取り組んでも意味がないと思うでしょう。日本ではライトハイザー氏と茂木経済再生担当相が相対していますが、結局はひっくり返る可能性があります。

トランプ大統領は通商を「道具」として使っているだけで、本当の「通商」を全く理解していません。中国との関係性について言えば、今は喧嘩している場合ではないのですが、わかっていないのでしょう。また、日本が過去25年間、米国で何をやってきたのかも全く知りません。そういうことを何も知らないまま、相手国に難癖をつけて1つでも2つでも新しい「ディール」を引き出し、それをアピールしたいだけです。トランプ大統領の興味はそこにしかありません。はっきり言って、そんな大統領とまともに付き合ってもしょうがない、と私は思います。

そんなトランプ大統領に、また日本が振り回されています。安倍首相は先月26日、米トランプ大統領と会談し、農産品などの関税を含む2国間の「物品貿易協定」(TAG)の交渉を開始することで合意しました。

これはモノの輸出入にかかる関税に関して定める協定で、投資やサービスの自由化にも範囲が及ぶ自由貿易協定(FTA)とは別で、日本政府の説明では、協議中は米政府が自動車への追加関税は発動しないことで一致したということです。しかし、それは嘘です。実際、ライトハイザー氏は米国の記者に対して「これはFTAのこと」だと説明しています。

日本は二国間協定(FTA)を受け入れられない姿勢を見せています。だから、表面的には二国間協定ではないと言いつつ、日本を引っ張りだしているのでしょう。今回のTAGは「モノに限られた」物品協定ということですが、そこで止まるわけがありません。茂木経済再生担当相は農畜産物の関税に関して、TPPの水準以上の譲歩はしないと発言しているようですが、TAGがこのまま終わると考えるのは難しいでしょう。



韓国とのFTA改正もトランプ大統領による茶番劇に過ぎない


トランプ米大統領と韓国の文在寅大統領は先月24日、米韓自由貿易協定(FTA)改正案に署名しました。米国仕様の自動車を韓国で販売できる台数をメーカーあたり年5万台に倍増するなど、自動車を中心に米国の要求を反映。韓国のウォン安誘導を禁じる「為替条項」について、競争的な通貨切り下げを禁じるなど強制力のない付帯協定も加えました。

これもほとんど意味がないことで、私としてはトランプ大統領に呆れるばかりです。文在寅大統領としては、トランプ大統領に花を持たせるために、今回は全てを妥協して受け入れた形をとったのでしょう。しかし実際には、韓国側が困ることはほぼありません。

これまでも米国仕様の車を韓国仕様にすれば、韓国国内で販売することはできました。そして、これまでのFTAでは「米国仕様」の車を販売できる上限を2.5万台に定めていました。今回はその上限台数を「5万台に倍増させた」というのが、トランプ大統領に言わせれば「ディール」なのでしょう。

ところが、そもそも韓国において「米国仕様」の車は2.5万台すら売れていません。上限台数を5万台にしたところで、「米国仕様」の車の販売台数が伸びるわけではありませんから、何の意味もありません。おそらく韓国側では影で笑っていると思います。茶番劇もいいところで、これがトランプ大統領の「ディール」ですから、もういい加減にしてほしいというレベルです。




中国がトランプ大統領の関税制裁に報復するべきではない理由とは?


トランプ米政権は先月24日、対中制裁関税の第3弾を発動しました。2000億ドル(約22兆円)相当の中国製品に10%の追加関税を課すものですが、これに対して中国政府も即座に報復関税を発動。これにより両国の貿易戦争は、互いの輸入品の5割~7割に高い関税を課す危険水準に入りました。

トランプ大統領は、2019年1月1日以降は関税率を25%に引き上げる予定であり、最終的にはその対象を中国からの輸入全体に適応すると、中国を脅しています。中国からの輸入総額は約60兆円ですから、そうなれば米国政府は10兆円を超える税収増になります。

これにより、トランプ大統領による富裕層優遇の減税で減った財源を米国は取り戻すことができます。この税収増加分は、一般の米国民が中国からの高い輸入品を購入することで支払うことになるのですが、国民の中に気づいている人は少ないでしょう。トランプ大統領が仕掛けた「トリック」です。

それほど高い関税になるなら、米国内で生産するほうが割安なモノが出てくるのでは?と思う人もいるかも知れませんが、25%程度であれば、その対象となる商品は少ないと思います。そして製造する中国企業にしても、インフラ整備、自動化も進めているため、簡単に他国へ移すことは出来ません。

そうなると、25%の高い関税をかけられても、中国で生産したものは今まで通り米国へ輸出され、米国内での生産に切り替わるわけでもないので、何も変わらず今まで通りです。つまり、この関税率の引き上げは「中国に対する制裁」にはなっていません。

自らを英雄のように見せるトランプ劇場に目をくらまされているだけで、結局高くなった商品を買って割りを食うのは米国の消費者です。

こうした事実を理解していれば、中国側の態度も変わってくるはずです。わざわざ報復する意味などないからです。むしろ、「米国が苦しむのを見ろ」「これは中国への制裁ではなく、米国の消費者への刃だ」と言えば良いのです。そうすれば、米国民がいずれトランプ大統領に仕掛けられた「トリック」に気づいて、「トランプは何をやっているんだ」ということになるでしょう。

米国にしても中国にしても、政府関係者が21世紀の経済=ボーダレス経済を全く理解していないから、こんな愚かな「報復合戦」が繰り広げられているのだと思います。パウエルFRB議長などは、このままだと米国がインフレになるのは間違いないと分かっているので、早速予防の動きを見せています。



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※この記事は9月30日にBBTchで放映された大前研一ライブの内容を一部抜粋し編集しています





今週の大前の視点を読み、皆さんはどうお考えになりましたか?


今週は、米通商政策の話題を中心にお届けいたしました。

対中制裁関税の第3弾を発動したトランプ米政権。
中国政府も即座に報復関税を発動し、
両国の貿易戦争は、互いの輸入品の5割~7割に
高い関税を課す危険水準に入りました。

この話題に対して大前は、米国にしても中国にしても、
政府関係者が21世紀の経済=ボーダレス経済を
全く理解していないから、こんな愚かな
「報復合戦」が繰り広げられているのだと言及しています。

このように、ファクトをしっかり把握せずに
直感や感覚だけで判断することは、
よくある問題解決の失敗例としてあげられます。

意思決定を行うに当たっては、正しく問題を認識し、
その効果や影響を評価した上で解決策を選択する必要があります。


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