大前研一「ニュースの視点」Blog

KON668「EU情勢・英EU離脱問題 ~EU離脱について基本的なシミュレーションすらできていなかった英国」

2017年4月7日 EU情勢 英EU離脱問題

本文の内容
  • EU情勢 英なき構想、揺らぐ結束
  • 英EU離脱問題 リスボン条約50条にもとづきEUに離脱通知

EU、ユーロは通貨統合を超えて、あらゆる基準を合致させる方向へ


日経新聞は先月26日、「英なき構想、揺らぐ結束」と題する記事を掲載しました。英国を除く欧州連合27カ国は、ローマで首脳会議を開き、将来像を描いた「ローマ宣言」を採択したとのこと。意欲のある一部の国だけが先行して統合を深める「マルチスピード構想」が柱となったものの、裏返せば統合に消極的な国は置いてきぼりにすることを意味しており、すべての加盟国が一緒に行動するという伝統の精神は明らかに変質したとしています。

ローマ法王が欧州の各国首脳を前にスピーチをしましたが、すでに英国は参加をしていませんでした。今、EU、ユーロは通貨統合にとどまらず、あらゆる基準を合致させていく方向へ動いています。

例えば、ギリシャ破綻を契機として、国家予算もEUの承認を必要とするように動いています。各国で「イカサマの予算」を作られると、EU全体にとって致命的になる可能性があるからでしょう。さらに銀行の管理にも介入する姿勢を見せています。イタリアの銀行など、かなり審査が怪しいところもあり、これらについてもEUが管理するかもしれません。

これまでの全員一致という行動する方針から、マルチスピード構想に変わりましたが、これにはポーランドなど東欧が抵抗しています。トゥスクEU大統領のお膝元が反対するという、大統領にとっては気の毒な結果です。国内の政敵に足元をすくわれてしまいました。

EU離脱について基本的なシミュレーションすらできていなかった英国


英国のメイ首相は29日、欧州連合(EU)に離脱を通知しました。英国の駐EU大使が、EU基本条約であるリスボン条約50条に基づき、トゥスクEU大統領にメイ氏が署名した書簡を手渡しました。これにより、離脱条件などを決める原則2年間の交渉が正式に始まることになります。

英国BBCでは、EU離脱に伴う法的リスクについて、今になって気づいて青ざめている英国議会の様子が放映されていました。EU離脱に伴って、様々な分野で法的リスクが発生するとのことです。
具体的には、労働法、会社法、環境・エネルギー、通信など多岐にわたり、約1万2000の法律が不足するそうです。

EUに加盟しているときには、国内法とEU法に齟齬が生じた際には、EU法を優先するというルールで運営されていました。ゆえに無意識のうちにEU法を使っていたけど、実は国内法には対応するものが存在しない、という法律が1万2000もあったということです。

保守党は「必要なものから作ればいい」と主張していますが、労働党は「保守党に任せて作らせたら、何を作るのかわからない。信用できない」と反論していて収拾がつきません。挙げ句の果てには、だったらEU法を英国法に「コピペしてしまえばいい」という発言まで飛び出す始末でした。まさか、歴史ある英国の議会で「コピペ」発言を聞くことになるとは、私も驚きました。

しかし、実際のところそれほど切羽詰まっていて、大騒ぎの状態です。その上、EU離脱によって法整備だけでなく、金銭的な影響が出る分野もあります。例えば、英国の酪農家はEU法を尊守していれば、一定の補助金を受給できていました。しかし、仮に同じ内容の国内法を準備しても、当然のことながら補助金は支給されません。酪農家への補助金総額は30億ポンドとのことで、これがなくなったらやっていけない、と酪農家の人たちは嘆いています。

また、大学や研究所に対する補助金も同様です。英国の大学や研究所は非常にレベルが高いところが多く、世界中から優秀な人材を呼び寄せています。欧州からも多数の研究者が英国に来ていて、莫大な補助金が支給されていました。EUを離脱すれば、この補助金もなくなってしまいますが、とても英国政府が支払えるとは思えません。

酪農家や大学、研究所の人たちは、「なぜ、EUを離脱する必要があるのか?」と今になって強く感じているでしょう。英国のメイ首相は「英国に有利になるようにする」と言っていますが、欧州側が「勝手に離脱する英国に有利な形にはしない」という態度ですから、現実的に難しいでしょう。

さらに重要なのは、英国からの輸出の問題です。英国は離脱交渉と並行して輸出問題などを議論したいと主張しています。すなわち、EUと英国のFTAを希望しています。しかし、欧州側は全く受け入れる姿勢を見せていません。その議論の前に、過去に英国がEUメンバーとして支払う必要があった分担金を支払え、と主張しています。その額は7兆3000億円です。

この過去の分担金を支払えなければ、離脱の議論は進まないでしょうが、すでにEU離脱の届け出を提出してしまいました。このままだと、リスボン条約が規定する2年が経過したら、もろもろの条件交渉がまとまっていなくても、強制的にEUから外に出ることになります。

日産は英国のサンダーランド工場で多くの自動車を作って欧州に輸出しています。このまま2年後になると、自動車には強制的に「10%の関税」が課せられます。これはパニックを引き起こすと思います。英国のメイ首相は「今と同じ条件」で交渉したいようですが、とても受け入れてもらえる状態ではありません。

これら一連の状況を見ていると、明らかに英国はEU離脱した場合の基本的なシミュレーションすらできていなかった、と言わざるを得ないと思います。タイムリミットは2年間です。私は、英国が大チョンボをやってしまった、と感じています。




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※この記事は4月2日にBBTchで放映された大前研一ライブの内容を一部抜粋し編集しています


今週の大前の視点を読み、皆さんはどうお考えになりましたか?


今週は、EU情勢・英EU離脱問題の話題についてお届けしました。

労働法、会社法、環境・エネルギー、通信など、
EU離脱に伴って、様々な分野で法的リスクが発生する英国。

これに対して大前は、EU離脱について基本的なシミュレーションすら
できていなかったと指摘しています。

実行する解決策を選択する際には、網羅的に検討した解決策アイデアに関して
意義と実現要件を明確にする必要があります。

今回の一連の流れをみていると、どうすればリスクを最小化できるか?
という実現要件のシュミレーションもできていないまま
EU離脱を決めたといっても過言ではありません。

新しい解決策ほど、「どうすれば実現できるか」という発想が大切となります。


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