大前研一「ニュースの視点」Blog

KON659「米通商政策・TPP・日米関係 ~TPP関連対策費2兆円は、選挙のためのバラマキに過ぎない」

2017年2月3日 TPP 日米関係 米通商政策

本文の内容
  • 米通商政策 TPP[永久離脱」の大統領令に署名
  • TPP TPP対策に1594億円計上する
  • 日米関係 2月10日に首脳会談で合意

トランプ大統領就任。歴史に残る「醜悪な」一週間だった


トランプ米大統領は先月23日、環太平洋経済連携協定(TPP)から「永久に離脱する」とした大統領令に署名しました。

また同日、米企業の幹部との会合で、日本は米国車の販売を難しくさせているとして公平ではないと批判。
これに対して日本政府は現在のTPP対策本部を改変し、対米協議やEUとの通商交渉全般を統括する省庁横断の組織を立ち上げる方向で調整に入りました。

トランプ大統領就任から一週間。この一週間は歴史に残る醜悪な一週間だったと私は感じています。
人の意見に全く耳を傾けないトランプ大統領のようなやり方は、絶対に長続きしないでしょう。
これまでの米国大統領は経営者を呼び、自分の意見をぶつけながら、経営者からも意見を聞いていました。
大統領によっては、その中の数人に半年でレポートにまとめてくれないかと依頼もしていました。

ところが今回のトランプ大統領のやり方は、経営者を呼びつけて一方的に自分の意見を言っているだけです。
選挙期間中に述べていたことについて、深く考えてもいないのに大統領令に署名して、その様子をアピールして写真に撮らせるなど、まるでテレビキャスターのような振る舞いです。
とても米国大統領のそれではありません。

ロビイストに言われるがままに、真実の欠片もないことを主張するのも目に余るものがあります。
例えば、トランプ大統領のロビイストの一人がウィリアム・フォード氏。昨年日本から撤退したフォードですから、日本へ恨みを持っていることでしょう。

日本は為替操作をしているなど、言いがかりをつけていますが、ドイツ車など欧州車は売れているのですから、米国車が日本で売れないのは自分たちの責任です。
それに米国車は欧州でも売れていません。なぜ日本にだけ文句をつけるのか?と言うと、ロビイストの一人であるウィリアム・フォード氏がトランプ大統領に囁いているからでしょう。

さらに医薬品の値段が高すぎると言って、薬品会社に値下げさせるとトランプ大統領は発言していますが、これも全く事実は異なります。
米国の製薬業界の世界シェアは39%を誇ります。人口比率から考えても、かなり良い数字です。米国企業の強さを物語っています。
それなのに、トランプ大統領が値下げなどと言うので、当然のことながら株価は下がっています。
果たして、これが「強い米国」につながるというのでしょうか?

また中国との貿易不均衡も批判していますが、これについても彼の指摘は全く的を射ていません。
貿易収支を見るとわかるように、米国はソフトウェアやファイナンス分野では黒字であり、全体の数字もそれほどひどいものではありません。
トランプ大統領は製造業のことしか頭にないのでしょう。

中国との貿易不均衡の原因は米国側にあります。
中国には数十年前のトヨタや本田といった日本企業のように、企業単体で米国へ輸出する力を持った企業は、ほとんどありません。
中国企業の力ではなく、ウォルマートやコストコなど米国の企業が自ら中国で買い付けを行っているのです。
あるいは、アップルのように中国で作ってそれを輸入しています。
米国側の企業が求めていることですから、トランプ大統領が言うように簡単にはこの問題は解決することはできないでしょう。


かつての貿易戦争からもわかる日米2国間協議のリスクの高さ


トランプ大統領がTPPからの撤退を決定したことにより、日米は「2国間協議」を行っていくという流れに傾いていますが、これは絶対に上手く行かないでしょう。
かつての日米貿易戦争のとき、まさに「2国間協議」が行われていました。繊維、テレビ、鉄鋼、半導体などすべて業種別に2国間協議が行われましたが、日本は全敗でした。
日本側は役人が交渉担当になっていましたが、最後には「向こうもあれだけ言ってるんだから、少し大目に見てあげよう」などと妥協してしまう始末でした。
このままではとんでもない方向へ進んでいくことになると思います。

例えば日米貿易戦争の際、半導体交渉で日本は「外国のものを15%買う」という約束をさせられました。
米国には軍事用の半導体はあっても民間用のものがなく、米国だけでは半導体輸入15%の規定に達しないため、日本は無理やりサムスンやLGなど韓国のメーカーに半導体の作り方を教えて、韓国から輸入することで15%の辻褄合わせをしました。

このとき韓国メーカーに人馬一体で全て教えてしまったために、90年代日本が不況になったときに韓国の半導体メーカーに寝首をかかれることになりました。
これはとんでもないことだと思います。これをやったのが、当時の通産省の黒田審議官です。

日米貿易戦争、すなわち日米間で貿易交渉が行われていたのは約30年前。
当時、私もソニーの盛田昭夫氏などと同席して米国の政治家や学者と議論をしていました。
当時の貿易戦争の語り部は、残念ながらほとんどの方が他界していて残っていません。
米国と議論して、米国民に「いかにトランプ大統領の主張がおかしいか」を説得できるような人物は見当たりません。

今の日本の役人が出てきても、半導体の交渉で負けた黒田審議官の二の舞いでしょう。
ですから、2国間協議は日本にとって相当にハイリスクです。あまつさえ、トランプ大統領という異常な人物を相手に2国間協議を行うなど、愚の骨頂だと私は思います。


TPP関連対策費2兆円は、選挙のためのバラマキに過ぎない


このような状況において、安倍政権はTPP交渉が大筋合意した2015年10月以降、すでに合計1兆1906億円もの対策費を使っていますが、来年度も「総合的なTPP関連政策大綱を実現するための予算」として1594億円を計上しています。
役人の言い分は、「政策として必要な経費」「TPP発効しなくても関係ない」とのことですが、全く理解できません。

結局、選挙目当ての「バラマキ」として約2兆円のお金を使う、ということです。
TPPの状況が変わったのですから、その対策費は別の形で使うべきです。国債の返還など日本には解決すべき重大な問題が他にたくさんあります。
IR法案にしろ、TPPにしろ、こういうことを平気でやる自民党は、一党独裁の恥知らずな政党になってしまったと思います。

日米両政府は、安倍首相とトランプ大統領による初の首脳会談を、2月10日を軸に米ワシントンで開催する方向で調整に入りました。
両者は事前に電話で話をしたとのことですが、安倍首相はTPPやFTAについて話題にしなかったそうです。

「話題にしなかった」というより、「話題にできなかった」というのが正解でしょう。
安倍首相がTPPを話題に出せば、トランプ大統領からは「米国はTPPを離脱する」と明言したはずと言われるのは、間違いありません。
そうなると、日本の予算も必要ないという話になってしまいますから、自民党としては都合が悪いのです。

本質的な問題解決に着手せず、国内には二枚舌を使いTPP関連対策費をごまかし、トランプ大統領の言いなりになって米国との2国間協議を行うとすれば、安倍政権は日本の将来にまた大きな影を落とすことになると思います。
そのような状況は絶対に避けてもらいたいところです。


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※この記事は1月29日にBBTchで放映された大前研一ライブの内容を一部抜粋し編集しています


今週の大前の視点を読み、皆さんはどうお考えになりましたか?


今週は、TPP関連対策費の話題についてお届けしました。

政府の本来の役割を考えたとき、使われない対策費を計上することや、米国に対してTPPの話題を出さないことは、本質的と言えるでしょうか。

本質的な問題の解決から目を背けていては、世界の状況が変わっていく中で、日本の将来が進展することはありません。

世の中の流れに流されず、常に批判的な思考を働かせて、物事の本質を見極める必要があります。


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