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〔大前研一「ニュースの視点」〕KON415「ギリシャ情勢と経済成長 ~緊縮財政を考える」

2012年5月25日

 ギリシャ情勢 連立協議決裂で再選挙へ
 仏オランド大統領 独メルケル首相と会談
 世界株式市場 ギリシャ政局悪化でアジア市場が全面安
 
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 ▼衆愚政治に陥ったギリシャの将来
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 ギリシャのパプリアス大統領による主要政党党首の連立協議は15日決裂し、
 再選挙が決定しました。


 緊縮策反対を掲げる急進左翼進歩連合などが既存の2大政党との
 連立反対を貫いたもので、これを受けて6月17日再選挙が行われることが
 決定しました。


 政治空白が長期化することでEUなどからの支援停止が
 現実味を帯びてきました。


 そのような中、ギリシャ国内からの預金引出額が14日までに
 7億ユーロ(約710億円)に達したことが分かりました。


 今、ギリシャは典型的な「衆愚政治」に陥っていると思います。


 次の選挙では、緊縮財政に反対する急進左翼進歩連合が第1党と
 なりそうな勢いを見せていますが、一方でユーロからの離脱に関しては
 「残留」を希望しているギリシャ国民が78%という統計が出ています。


 ユーロ残留の条件として求められたために前政権では緊縮財政の
 実施を決定したわけですから、
 「ユーロへの残留を希望するけど、緊縮財政は嫌だ」というのでは、
 ギリシャ国民は甘すぎると指摘せざるを得ないでしょう。


 実際には英国の紙幣印刷を担う企業が、以前のギリシャの通貨単位である
 ドラクマの印刷を始めているとも言われており、秒読み段階との
 見方もあります。


 通貨単位がドラクマに戻ったときには大暴落が予想されますから、
 今の段階からユーロの引き出しという形で「預金引き出し」が
 始まっているとの見方もあります。


 今後さらに加速して、「兆」単位の資金が短期間に蒸発してしまう
 のではないかと私は見ています。


 技術的な意味では紙幣を印刷すれば「ドラクマ」に戻ることは可能ですが、
 国家機能の側面から見ると、短期的にはほぼ停止してしまうような
 相当厳しい状況が予想されます。


 ユーロからの脱退という事態を想定した際に厄介なのは、
 「マーストリヒト条約」にもユーロへ加わる方法は示されていますが、
 ユーロからの脱退方法はどこにも明文化されてしないということです。


 これは誰もが考えたくないと思っている事態なのでしょうが、
 実際にはギリシャ経済がデフォルトしてしまえば放っておくには行きません。


 難しい問題とは思いますが、ここを解決することが求められています。


 ギリシャの将来を想像すると、短期的には地獄のような状況に陥りますが、
 中期的に見ればドラクマという弱い通貨になることで、昔のように
 海外からの外国人観光客を呼びやすくなるというメリットもあります。


 日本は「円」という自国通貨を持っている点で、ユーロとの関係性のある
 ギリシャとは異なりますが、国家債務はむしろ日本のほうが大きく、
 明日は我が身と考えて慎重にギリシャが辿る過程を見ておくべきだと思います。


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 ▼緊縮財政と経済成長の両立という魔法は、誰も実現していない
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 フランスのオランド大統領は15日、ドイツを訪問しメルケル首相と
 会談しました。


 両首脳は緊縮財政と経済成長を両立させる経済政策に欧州が軸足を
 置くことで合意。


 ギリシャ不安を抑えこむため、初の首脳会談では歩み寄りの姿勢を
 見せた形ですが、欧州債務危機の対応でも緊密に連携できるか
 否かという点が次の試金石となりそうです。


 先のG8でも、米オバマ大統領が同じように「緊縮財政と経済成長の両立」
 という趣旨のことを述べていました。


 おそらく雇用対策を念頭においた発言とは思いますが、それにしても
 この種の発言の現実性を考えると私には疑問が残ります。


過去を振り返っても、現実に「緊縮財政と経済成長」を「同時に」
 成し遂げた事例はありません。


 小さな政府・緊縮財政という方法を取った場合、その成果・果実を
 受け取れるのは十数年先です。


 先のG8でもこの「時間軸」を無視して議論を進めてしまっています。


 そして、オランド大統領とメルケル首相の会談でも同様です。


 どのくらいの時間で緊縮財政を実施し、どのくらいの時間をかけて
 成長していくのか、という点が議論されていないのです。
 
 「先に緊縮財政を実施し、政府の介入を最小に留め、
 何年か先には成長戦略をとりやすい状況を作る」
 
 という理想的なシナリオを描いているのかも知れませんが、
 これも実際には難しいと思います。
 
 緊縮財政を実施しているうちに、政府の介入が増え、大きな政府になって
 いき、緊縮財政の実施と並行して、「アレはやってはいけない」などと
 規制強化が行われます。
 
 結果として、何年経っても経済が浮上しないのです。
 
 これは残念ながら、日本の例を見てもよく分かることです。
 
 「緊縮財政と経済成長の両立」という魔法を実現できた人はいるのか?
 と私は問い質したい気持ちです。
 
 仮に可能だったとしても「時間のズレ」にはどう対処するのか?
 この2つをそれほど簡単に両立できるならば、なぜ今世界経済が
 これほど苦労しているのか?
 
 という点も説明できないでしょう。
 
 ドイツとフランスでは現在置かれている経済状況がまるで違いますから、
 意見が合致すること自体、私には不思議です。
 
 今回は両首脳の初会談ということですから、「社交辞令」的な
 意味合いも強いのかも知れません。
 
 ただ、得てして政治家は「社交辞令的な甘い言葉」に弱いと感じます。
 さらに言えば、国民はもっと弱いでしょう。
 
 だから国家経済が危機に瀕していても
 「緊縮は嫌、増税も嫌、税金は低いほうがいい」となって国が前へ進めなく
 なってしまい、その結果、国債市場から退出を要求されてしまうのです。
 
 ギリシャの政局不安を受けて、16日のアジア市場は全面安となり、
 18日米株式市場でもダウ工業株30種平均は6日連続の下落で、
 週間では451ドル安と今年最大の下げ幅となっています。
 
 日経平均の下落幅が低かったのは、日本にとっては幸運でした。
 
 欧州の経済問題がアジア、日本、米国経済にどのように波及してくるのか、
 慎重に見ていく必要があるでしょう。
 
 そして、ギリシャ経済危機は日本にとって決して他人ごとではありません。
 
 ぜひ、今ギリシャで起きていることを「自分事」として見つめ
 直してみてもらいたいと思います。


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