大前研一「ニュースの視点」Blog

〔大前研一「ニュースの視点」〕KON372「追い詰められる菅首相~「脱原発」を人質に延命を図る"新タイプ"の首相」

2011年7月22日

 原発再開基準
 原発依存度を段階的に引き下げ
 菅首相
 --------------------------------------------------------------------
 ▼脱原発は、「今すぐ」に実行できるものではない 
 --------------------------------------------------------------------


 菅直人首相は13日、首相官邸で記者会見し、原子力を含むエネルギー政策
 について「原発に依存しない社会を目指すべきだと考えるに至った。
 計画的、段階的に原発依存度を下げ、将来は原発がなくてもやっていける
 社会を実現していく」と語りました。


 すごい発言をしたものだというのが率直な感想です。突然、根回しもなく
 このような発言をしてしまう菅首相のやり方には大きな問題があると私は
 感じています。


 私は3月19日BBTの番組の一部を公開録画して、動画として一般公開しました。
 この内容について私は直接菅首相にも説明しました。菅首相はこの時の内容
 を非常によく記憶していると思います。


 原子炉をテントで覆うことで放射性物質の飛散を防ぐべき、原子力はいずれ
 公営化して運営せざるを得ない、また福島第一原子力発電所の事故を受け、
 日本では新しい原子炉を作ることはできないだろうから、いずれ今存在する
 原子炉が終わったときに「脱原発」の道を歩むことになる、など全て19日
 の時点で私が指摘していることです。


 菅首相の問題は、こうしたことを全て記憶しているにも関わらず全体の整合性
 を保てていないことです。


 ゆえに、ランダムに「突然」話が出てきます。ソフトバンクの孫社長がメガ
 ソーラーと言えば、それに影響を受けて急に「再生可能なエネルギー政策」
 を打ち出し始めます。


 また「脱原発」と言われれば、そういえば自分は学生の頃、脱原発運動に
 従事していたなどと口に出してしまいます。


 モノには順序というものがあります。今この段階でそれを言うべきかどうか、
 その判断は非常に重要です。


 私が3月19日に指摘した脱原発は、スリーマイル島原子力発電所で事故を
 起こした米国の例を見ても、一度事故を起こしてしまうと「将来的に」
 原子炉を作るのは非常に難しい状況に、「自然と」なっていくという話です。


 それを突然思い出して「すぐに」脱原発を国会答弁として発言してしまうの
 ですから、恐ろしい話です。


 今すぐに、本当に日本が脱原発に向かったら、どのような事態が起こるで
 しょうか?


 まず現在、定期点検中で停止している原子炉については、どうせすぐに止め
 られてしまうなら稼働させるだけ無駄だと再開しないという道を選ぶことに
 なるでしょう。これはエネルギー問題を引き起こします。


 田舎の村には原発を近くに作ることを理由にしてお金をばらまいていました
 から、脱原発となれば、再び「単なる田舎の村」に戻ってしまいます。こう
 した経済的な問題も噴出すると思います。


 また、かなり揉めた挙句ようやく完成間近と言われている青森県六ヶ所再処理
 工場(核燃料の再処理工場)も必要なく、話題の高速増殖炉「もんじゅ」も
 実証炉として動かせる可能性はゼロということになり、ここまで動かしてき
 た全てが水泡に帰すことになります。


 何の根回しもなく、突然菅首相が「脱原発」をしたためにパニックに陥った
 人は相当数いたのではないかと思います。


 民主党議員でさえも驚いたと思いますが、それを受けても「自分の個人的な
 考えであり、政府の考えではない」などと嘯くとは、菅首相は一体自分の立
 場を理解しているのか?と聞きたくなります。


 -------------------------------------------------------------------
 ▼追い詰められた菅首相が暴走を始めた背景にある狙いとは?
 -------------------------------------------------------------------


 こうした菅首相の短絡的かつ薄っぺらな対応の背景には、もしかすると首相
 のアドバイザーを務めている民間人の助言があるのでは?と私は睨んでいます。
 彼は、耳目を引くスローガンを打ち出すのが得意分野です。


 今回、首相動静の前後に2度も彼が菅首相に会いに行った事実から推測しても、
 相当な影響力を持っている気がします。これには、さすがに民主党の議員も
 呆れてしまったのではないでしょうか。


 暴走気味の菅首相は孤立する様相を見せ始めています。このような状況を見て、
 菅首相が解散総選挙にて、「脱原発」を国民に問うという方法を取れば良いと
 思う人もいるでしょう。


 おそらく、それこそ今菅首相陣営として前述のアドバイザーが構想している
シナリオだと思います。


 核を持たない世界唯一の核被爆国として、再生可能なエネルギー政策を進め、
 安全で安心して生活できる国を目指すべきだという主張です。メガソーラー
 発電計画を推進することを国民に約束するのだと思います。


 菅首相がこうした姿勢を示しているのは、そもそもの自分の考え方に立脚し
 ているわけではありません。「もし自分をこれ以上追い込むというのなら、
 “脱原発”という解散権を行使するよ」という、いわば脅しに近い行為だと
 私は思います。


 例えるなら、雷管を左手に握り締め、右手に火の点いたライターを持って、
 すぐにでも火をつけて爆破することはできるぞ、と言っているのも同然です。


 今このタイミングで脱原発というスローガンを掲げて解散総選挙に臨めば、
 国民が受け入れる可能性は高いと思います。


 しかし今から急に脱原発と言われても様々な問題が発生するため、民主党に
 しても自民党にしてもすぐに受け入れることはできないでしょう。


 ゆえに自民党も民主党も、今はこれ以上菅首相を追い詰めないほうが得策だ
 という方向へ傾きつつあります。


 再生可能なエネルギー政策、補正予算、原発賠償法、いずれもとりあえず
 法案を通しておいて、8月にスムーズに菅首相に辞めてもらいたいと考えて
 いるのだと思います。


 ところが、菅首相は9月以降も続投する可能性がある、あるいは8月で一度
 退陣しても「菅の後は菅」などと再びカムバックすることを示唆し始めて
 います。


 ここに来て、菅首相はこれまでの日本の首相にはいなかったタイプになりつ
 つあります。


 追い詰められた結果、敵も味方も巻き込んで自爆する姿勢を見せつつ、両者
 に対峙しています。私は常々、中曽根元首相、小渕元首相の後、日本には
 まともな総理大臣は誕生していないと述べていますが、これは継続されそう
 です。


 菅首相の暴走による脱原発は置いておいて、日本の原子力市場に将来的な
 希望の光はあるのかどうかという点では、国外に市場を求めることで原発
 メーカーとして生き残る道が残されているかもしれません。


 日立製作所は14日、リトアニアが建設を計画しているビサギナス原子力発電
 所について、提携先の米ゼネラル・エレクトリック(GE)とともに同国政府
 から優先交渉権を得たと発表しました。東芝傘下の米ウェスチングハウス・
 エレクトリック(WH)に競り勝った形です。


 リトアニアという国にとっては、日本で事故が起きたことなどは些末な問題
 に過ぎず、それよりもエネルギーに関して脱ロシアを図ることを優先するだ
 ろうと私は思います。


 ロシアによってエネルギー源であるガスを止められ、何度も苦い経験を積ん
 できているからです。


 その切り札になるのが原子力です。おそらくリトアニアが原子力開発に乗り
 出したなら、仏アレバ社、もしくは日本勢が受注することになると思います。


 アレバ社は三菱重工グループとこの分野で協調していますから、どちらに
 転んでも日本のメーカーがリトアニアの原子力開発に関わる可能性は高いと
 私は見ています。


問題解決力トレーニングプログラム

問題解決力トレーニングプログラム

大前研一 ニュースの視点 Blogトップへ

  • メルマガ

    ニュースの視点メルマガ登録

最近の投稿記事

ニュースの視点メルマガ登録

ブログの更新情報

バックナンバー

  • facebook
  • twitter

各種ソーシャルメディアで様々な情報をお届けしております。

大前研一 ニュースの視点