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〔大前研一「ニュースの視点」〕KON263 米金融機関への健全性の検査~不安の払拭で実経済によい影響を!~大前研一ニュースの視点~

2009年5月15日

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 ストレステスト
 10社が資本不足と判定
 総額750億ドル
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●ストレステストは、
 資本に目を向けさせるという「フェイント」の仕掛けだ


 7日、米連邦準備制度理事会(FRB)は、大手金融機関19社を
 対象に実施したストレステストの結果を公表し、10社に対し、
 景気悪化に対応する上で必要な資本が総額で750億ドル不足し
 ていると判定しました。


 資本増強が必要だと求められた額が最大だったのは、バンク・
 オブ・アメリカで339億ドル、シティグループは55億ドル、
 モルガン・スタンレーも18億ドルの増資を要求されました。


※「米大手金融機関へのストレステストの結果」チャートをみる
 


 ストレステストと称して、将来のあらゆる事態を想定した上で、
 各々の銀行が耐えうるのかどうかを予め試算するというのは、
 「監査のドライラン(予行演習)」に近い、非常に米国らしい発
 想だと思います。


 結果としては、バンカメ(339億ドル)、ウェルズ・ファーゴ(137
 億ドル)、GMAC(115億ドル)という資本不足の上位3社のみ
 への資本注入を実施し、その他の金融機関は自ら市場で資金調
 達が可能なレベルとの判断です。


 実際、モルガン・スタンレーにはすでに投資家から増資の応募
 があったという話も聞こえてきています。


 このような発表内容になったことで、米国としては「一先ず」
 胸をなでおろしているところでしょう。というのは、これは米
 国が仕掛けた巧妙な「フェイント」だったからです。


 例えば、今回の発表ではシティバンクの「資本」増強に必要な
 金額は55億ドルと発表されていますが、実際にシティバンク
 が抱える今後損失が発生する可能性がある「高リスク資産」の
 総額は55億ドルどころではありません。


 しかし、その「高リスク資産」の約8割を政府が補償するとい
 うことを先に発表しているので、今回は「資本」の話だけを対
 象にしているのです。ここが「フェイント」になっているので
 す。


 「ストレステスト」という聞きなれないキーワードを使いなが
 ら関心を引き、「資本」の部分だけに焦点を当てて、「足らない
 のはたったこれだけです」と発表しています。


 こうした発表の仕方をすれば、完全に素人の方は騙されてしま
 うでしょうし、実際に株式市場は大いに好感を得た動きを見せ
 ています。実に上手な「フェイント」だと感心してしまいます。


 ただし、最終的には金融機関が抱える不良債権を処理する段階
 で、莫大な金額の公的資金が必要になりますから、その時が正
 念場かも知れません。


 これまで発表された資本増強とは桁違いの金額が発表されるこ
 とになると私は見ています。


 極端に言うと、今発表されている金額の10倍くらいの経済負
 担を国民に課すことになるか、あるいは売却した際に、それだ
 けの金額を債権者が損失として被ることになるか、いずれかに
 なるのではないかと思います。


●バーナンキFRB議長が「明るい見通し」を発表し続ける、
 本当の狙いとは?


 4日、米連邦準備理事会(FRB)は四半期ごとに実施している
 貸出動向調査を発表しました。


 これは、主要金融機関の融資担当者を対象にした調査で、企業
 向け融資を厳格化したという回答は減ったものの、住宅ローン
 の融資基準は厳しくした国内銀行が多くなっています。


 また、バーナンキ米連邦準備理事会(FRB)議長は5日、米上
 下両院合同経済委員会で経済見通しについて証言し、「最終需要、
 特に家計の需要が安定しつつある可能性」を指摘しています。


 さすがに事実として「反転した」とは言えないため、減速が鈍
 化したという注意深い言葉を使っていますが、米国は意識的に
 「明るい見通し」を強調していると私は思います。


 実は、ここにも大きな「フェイント」があり、その先の大きな
 狙いが隠されていると私は見ています。


 客観的に数値だけの事実を見ると、未だに大きな下げ幅は続い
 ています。


 例えば、米格付け会社スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)
 が発表した2月の「S&Pケース・シラー住宅価格指数」による
 と、主要10都市平均で前年同月比18.8%下落しています。


 ピーク時の価格から約30%も下落していますし、下落率は引き
 続き高水準で推移しています。しかし、過去最大を記録した1月
 (19.4%下落)よりは縮まったという明るい見通しの表現を
 使っています。


 また、米労働省が8日発表した4月の雇用統計(季節調整済み)
 によると、景気動向を反映する非農業部門の雇用者数は前月か
 ら53万9000人減少し、08年10月以来の小幅な減少にとどまった
 ということです。


 失業率は前月より0.4ポイント高い8.9%となり、1983年9月
 (9.2%)以来、25年7カ月ぶりの水準に悪化しています。


 しかし、ここでも「53万人の減少にとどまった」という点を前
 面に押し出しています。意識的に明るい見通しの発表をしてい
 るのだということが分かると思います。


 1年以上前に、私が失業率は10%近くまで上昇するのではない
 かと予測していたころ、多くの米国の経済関係者は6%くらい
 が上限だという意見でした。


 現在の8.9%というのは、その見通しから言っても決して満足で
 きる数値ではないでしょう。


※ 「米国の雇用環境の変化」チャートをみる
 


 バーナンキ米連邦準備理事会(FRB)議長が、ここまで「米国
 経済の明るい見通し」を強調しようとしているのは、世界中に
 溢れている、いわゆる「ホームレスマネー」を狙っているのだ
 と思います。


 例えばIMFの見通しによれば、今回の世界金融危機によって日
 米欧の金融機関が被る損失額は約4兆ドルに達すると試算され
 ていますが、世界中には投資先を求めて彷徨っているホームレ
 スマネーが6000兆円ほどあります。


 大切なのは、事実として欧州よりも米国のほうが早く回復する
 かどうかではなく、米国のほうが「回復が早そうだ」と思って
 もらえることなのです。そうすることで、世界のホームレスマ
 ネーを米国に呼び込もうとしているのだと思います。


 つまり、一連の発表は「米国経済は回復が早そうだ」と思わせ
 るという、バーナンキ米連邦準備理事会(FRB)議長による
 「フェイント」だと言えるでしょう。


 ただ、これは単なるその場しのぎのためではなく、将来的には
 「フェイントだったものが事実に変わる」可能性に期待してい
 るのだと思います。


 「色の白いは七難隠す」と言いますが、一度米国に資金が集まって
 くれば、地価や株価など、今まで低い時価で苦しめられていた
 状況が一変する可能性があると私も思います。


 今年の1-3月期決算から時価会計の適用緩和を認めるという苦
 しい発表をしていましたが、投資資金が米国内に入ってくるこ
 とで時価が回復し、「本当に」時価会計をせずに済むかも知れま
 せん。


 これは見事な作戦で、日本も見習うべきだと思います。今の時
 期、わざわざ「大変だ」というアピールをする必要などなく、
 むしろ「これだけ頻繁に首相が変わっても大丈夫なのだから安
 心してくれ」くらいのことを世界に向かって発言しても良いく
 らいでしょう。


 米国の作戦が功を奏するのかどうか、今後の展開に注目してい
 きたいと思います。


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